「BMワンダーフォーゲル部」 第6回《ゴブリンの洞窟探検家/Goblin Spelunkers》

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2015.04.10
text by Hayashi Shouya

某月某日___僕は新しい何かを発見する為に《山》を登っていた。

何かって言っても、具体的にどれそれを探している、って言う訳ではない。
山に入る事で経験できる色んな出来事を、人生のちょっとした足しにでも出来たら良いなと。それぐらいの気持ちで、登る事にしたんだ。

文明から離れた、人の訪れない場所...っていうのは本当に静かで、聞こえてくるのは木々が風に吹かれて葉をざわめかせる音と、その風自身が耳元で立てる音ぐらいのもので。綺麗で自然で、澄んだ音だけだった。

見える景色にも不満は無い。道中出会う木々は、冬が終わった事に対して嬉しそうに葉を付け出しているし、地面に広がる若くて青い芽も、誇らしげにその顔を覗かせている。

全てが順調で、満ち足りたものだった。
心地よい疲労感と、それすら瞬時に忘れさせる山の空気。歩を進める、ただそれだけのことが喜びに溢れていた。
そして、それらに加えて、僕は何と洞窟まで発見したんだ。
人によっては不気味に映る存在かもしれないけども...
恐る恐る入るか、堂々と入るか。僕の中にはそれらの選択肢しか存在していなかった。
こういうものを、求めてきたんだ。

どちらの態度で踏み入ったか、それは皆さんの想像にお任せするとして、とにもかくにも僕は洞窟へと入っていった。幸い、雰囲気重視で持ってきていた灯りが役に立った。中は思った以上に広いもので、先が見通せない程だった。こんな洞窟がこの山にあるなんて、僕は聞いた事が無かったけれど「エキサイティングな経験が出来てラッキーだ」と思う程度だった。好奇心に突き動かされる、まさにその状態だ。頭上を照らせば見える鍾乳石が濡れて怪しく光る事で、その臨場感とそれによる高揚感はより高まる事になった。都会では味わえない、生の実感だ。

そんな時だった。一匹のゴブリンが、眼前に見えたのは。

 
ゴブリンそのものは、別に珍しい訳ではない。増してや一匹だけともなるとそこまで脅威でもなく、僕がそれに怯える理由は特に無かった筈だった。

でも、何故だろうか、僕はその存在に一抹の不安を感じてしまった。そいつが僕の知っているゴブリン達以上に、皮肉っぽい笑みを浮かべているからかも知れない。

そのゴブリンは僕に気づいたようで、僕を指さしてその指をちょいちょいと、こっちに来いと言うように動かした。
その誘いに乗るべきか、僕は逡巡した。今感じているこの不安は、その誘いに乗るべきではないと警告を発している。だが、一方で「こんな体験二度と無いぞ」と背中を押す好奇心もあった。

結局、僕は今日一日の流れもあって、好奇心に押される事となった。この好奇心がなければ、洞窟に踏み入ることもなかったし、そもそもそれを求めて山登りなどしていなかったんじゃないかな。

ゴブリンは僕の目の前を黙々と歩いていた。僕はそれに先導されるようについていっているのだが、途中で段々と足場が悪くなって来ていて、今は壁伝いに道...と呼べるギリギリのものを歩いているところだ。

そもそも、未開の洞窟内に道という人為的な存在を求めること自体、間違いなのかもしれない。

その道も、少し上り調子になってきて元いた地面から結構な落差があるのではないだろうか。

それでも苦になるほどでは無く、ゴブリンを見失わないように歩いていると、その状況は急に現れた。

道が、無い。

そこは道が崩れて、大きな穴と呼べる物になっていた。道の続きは離れたところにあり、普通の歩幅で通れるようには出来ていない。

でも、かと言って届かない距離ではない。助走をつけて、跳躍する。頑張れば、届きそうでもある。でももし、届かなかったら?暗い穴を照らしてみても、そこに答えは見当たらなかった。

ここで、僕は本日三回目の選択肢を突き付けられることとなった--渡るか、渡らないか。即ち、飛ぶか否か。

どうするべきか考えていると、いつの間にか後ろに回っていたゴブリンが、今日始めてその口を開いた。
そのゴブリンは優しい口調で、僕に言った。

「ほんの一飛びじゃないか。君から先にどうぞ」