"市川ユウキのGP上海調整録"を読んで。:『2%の違いなのか、2倍の差なのか』

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Text by 森安元希


(編:こちらを読む前に市川ユウキのGP上海調整録を熟読いただけると、本編をより一層楽しむことが出来ると思います。) 




『61枚のアブザン・コントロール』

5月末、マジックが歴史に刻まれた。千葉/日本・ユトレヒト/オランダ・ラスベガス/アメリカと、世界同時三か所にて行われた"モダンマスターズ・ウィークエンド"が終わりました。
参加者枠4000人という国内最大のグランプリ・千葉2015のベスト8も強豪ひしめく結果となり、リミテッド巧者達の本領が如何なく発揮されていました。
その大海を確かな実力で切り抜け優勝された松本友樹選手、おめでとうございます。


...ただ今回は、これより少し以前の話を書かせていただきます。

個人的に最も応援しているプレイヤーである市川ユウキ選手がグランプリ・上海2015を優勝されました。
おめでとうございます。

グランプリ・上海2015 イベントカバレージ(外部リンク)

使用されたデッキはデッキ枚数61枚のアブザン・コントロールでした。
このデッキがグランプリ優勝という堂々たる結果を残して以降、『61枚』という数字の鮮烈さに、世界中で多くのプレイヤー・一般の方から世界ランキングにその名を連ねる強豪までがデッキと調整過程に対して記事や各種SNSなどで言及しています。2015年のマジック史を代表するムーブメントと言えるでしょう。
そして多くの方が、これは"理想の60枚に至る過程のデッキであった"と結論づけています。

"市川ユウキのGP上海調整録"にも、61枚目(=60枚のデッキを目指す上での余分なカード)はなかったとしつつも、その考えを受け入れる文章もあります。

ここで少し、他であまり触れられていないように見える
"デッキに1枚か2枚かという差は、ゲーム中に唱えられるかどうかに大きく影響する"
という市川ユウキ選手ご本人の文章について、少し自分なりの意見を書きたいと思います。

筆者の"Damage 4 Wins!"(※)においても、ターン目と使うカードの枚数を揃えることを、折に触れて文章にしています。
(※森安氏が当サイトにて手掛ける不定期連載。「4ターン目までに20点のライフを削り切る」というアプローチでのデッキ構築・調整録・環境考察を行う人気記事。)

1マナを9枚用意すると1ターン目にそれを使うことが出来る(これ以下ならば使える可能性が下がる)。2ターン目・2マナは8枚。3ターン目・3マナは7枚。
4ターン目・4マナは6枚。この9→8→7→6を、デッキの動きの基準にするというものです。



そしてこれらの数字の割り出しは、勿論ですがデッキが60枚丁度であることを前提にしています。
また、4ターン目の開始のドローで引くのか初手にあるのかの違いを、あえて持たせていません。
4マナのカードが初手になくても、ライブラリー上の3枚のいずれかまでに4マナであるカードを引くことを、総合的に"期待"できる枚数である。という考え方です。

確かに61枚で考えると、これらの数字は小数点1桁程度で若干の低下を見せます。
"確率の最大化"を求める上で61枚という構築を否定する最大の理由です。




『ゲーム開始前のデッキ、ゲーム開始後のライブラリー』

では、ここで構築の目線・立ち位置を少し変えてみましょう。

"9→8→7→6"という考え方はライブラリーを60枚で見た時の考え方です。
つまり実際にはまだゲームを始めていない、真っさらな"デッキ"に対して当てはまります。
ここから細かい調整を加える段階で、"53枚のライブラリーで見る方法"があります。

60枚から減っている7枚は、つまり初手の7枚のことです。
実際に手札をキープした後(ゲームを始めた後)の視線から成立する考え方になります。

より具体的に。
"次にドローするカードが何であるのか。その確率はどれくらいのものなのか。"というところです。

特に「初手に不要で、ゲーム進行後に引きたい」という性質を強く持ったカードに対して、有効な考え方です。
初手の影響が大きい序盤(第4ターン)を終えた後の、強いカード(5マナ以降の重いカード)が殆どです。

※ただ、時おり"奇跡(《終末》)"のような第2-4ターンのドローに対してこの性質が発揮されるものもあります。





『2%の違いなのか2倍の差なのか』

初手になく、1枚だけ入れているカードを引く場合を少しだけ細かく数字で示してみます。

実際にそのカードを引くまでに、そのカードがトップにある確率は"ライブラリー枚数分の1"です。

1/53→1/52→1/51→1/50と、そのカードがトップにある確率はおよそ2%が続きます。
ロング・ゲームの大切なターン目でもある6ドロー目(1/48)までにそのカードを引く総合的な確率は、19%。20%に届きません。



これは先手で第7ターンを迎えるゲームのうち、5回中4回は引けない計算なのです。
ザックリと、2マッチ6ゲームのうちのどこかで1回引ける。くらいです。

では同じカードを2枚入れた場合ではどうでしょうか。
確率の動き方自体は変わりありません。
2/53→2/52→2/51→2/50と、そのカードがトップにある確率はおよそ4%に引き上げられます。

1枚の場合との差は2%ほどなので、全体でみれば誤差の範疇かも知れません。
しかしロング・ゲームで総合的に視ると、大きく数字が変わって来ます。
第6ドロー(2/48)までにそのカードを引く確率は39%。40%近くにもなります。
1マッチ3ゲームのうち、1枚引ける可能性はかなり高いといえます。



1枚から2枚に増やしている分、ハッキリと"今行っているゲーム"に対して2倍以上の影響力を持っています。

これらに加えてサーチ・カードやドロー・サポートがある場合。
また第12ターンを想定するような更なるロング・ゲームを想定する場合。
よりこの数字の差は、顕著に開いていきます。

では、今回のアブザン・コントロールのリストはどのような形をしているのか再確認してみましょう。

グランプリ・上海2015優勝
Ichikawa Yuuki 
アブザンコントロール

24land 
4 《ラノワールの荒原/Llanowar Wastes》
4 《砂草原の城塞/Sandsteppe Citadel》
4 《疾病の神殿/Temple of Malady》
4 《吹きさらしの荒野/Windswept Heath》
3 《静寂の神殿/Temple of Silence》
2 《森/Forest》
2 《平地/Plains》
1 《ヨーグモスの墳墓、アーボーグ/Urborg, Tomb of Yawgmoth》

22creature
4 《棲み家の防御者/Den Protector》
4 《サテュロスの道探し/Satyr Wayfinder》
4 《クルフィックスの狩猟者/Courser of Kruphix》
4 《死霧の猛禽/Deathmist Raptor》
4 《包囲サイ/Siege Rhino》
2 《黄金牙、タシグル/Tasigur, the Golden Fang》

15spell 
4 《思考囲い/Thoughtseize》
4 《アブザンの魔除け/Abzan Charm》
2 《英雄の破滅/Hero's Downfall》
2 《命運の核心/Crux of Fate》
3 《太陽の勇者、エルズペス/Elspeth, Sun's Champion》

sideboard 
1 《強迫/Duress》
3 《アラシンの僧侶/Arashin Cleric》
3 《究極の価格/Ultimate Price》
2 《ドロモカの命令/Dromoka's Command》
3 《悲哀まみれ/Drown in Sorrow》
1 《真面目な訪問者、ソリン/Sorin, Solemn Visitor》
2 《世界を目覚めさせる者、ニッサ/Nissa, Worldwaker》




『計られるゲーム・スピード』

4枚の《思考囲い》と、マナ・クリーチャー(《エルフの神秘家》《森の女人像》)の不在から、デッキが意識するゲーム・スピードはかなり遅いものなのが分かります。
実際に有効的なクロックを形成するのが第4ターンの変異(《棲み家の防御者》か《死霧の猛禽》)による2点アタック。
エンド・カードである《太陽の勇者、エルズペス》が即時にゲームに勝利する性質のカードでないことからも、ゲームのエンド・ターンは第8ターン以降なのが分かります。




ゲームが第8ターンまで行われると想定すると、《太陽の勇者、エルズペス》と、他に、それぞれ2枚の《黄金牙、タシグル》《英雄の破滅》《命運の核心》のいずれかを引く確率はかなり高まります。
それぞれが1枚ずつしか入っていないと、《太陽の勇者、エルズペス》かこれらのうちいずれか1枚を引くというような数字になります。
明確にはエンド・カードとしての性質を持たない《黄金牙、タシグル》《英雄の破滅》《命運の核心》では、1枚引いただけでは少し力不足という側面もあると思います。




『探さないサーチ・カード』

また、デッキのうち7枚の占術土地と10枚の特殊なサーチ・カード、4枚のドロー・サポートがあるのも見落とせません。
占術土地は、特定のカードを引くことだけを考えた場合、不要なカードを下に送ることで1ドロー分だけ掘り進めます。

他に今回のサーチ・カードはいずれも"ライブラリーから探す"という性質を持たないのが特徴的です。
基本的に"墓地から選ぶ"ものになっています。
《サテュロスの道探し》、《棲み家の防御者》、《黄金牙、タシグル》の3種類ですね。



特に《サテュロスの道探し》は3種類ともいえる効果があります。


1つ目はテキスト通り、土地・カードを手札に加えてマナ・ベースを安定させること。
特に第3ターンのセット・ランドがタップインかアンタップインかは大きくゲームに影響します。
3マナの呪文が強いデッキとして、第3ターンに強い動きを取れるかどうかは先手後手の入れ替えにも繋がります。
そうすると2マナの《サテュロスの道探し》で、上から4枚のうちの最も適した土地を入手出来るのは素晴らしいです。

2つ目は土地以外の3枚のカードを墓地に送り、肥やせることです。
これは主に《棲み家の防御者》、《黄金牙、タシグル》に繋げる為の準備アクションです。
本来、カード1枚を使って行う程の効果ではないですが、1つ目の副次(オマケ)効果としては十分です。

3つ目は、2つ目の更なる副次効果です。
ライブラリーの枚数が4枚減ることによって、"墓地に落ちなかった"特定のカードがトップにある確率が上がります。

次の第3ターンのドローでその確率は2/48となり2/47→2/46...第8ターンのドローでは2/43まで引き上がります。
その地点で、特定のカードを引ける総合的な確率は約44%。
《サテュロスの道探し》を経由しない場合の1割増しとなり、かなり50%に近づいてきました。

この3種類の効果の相互影響を踏まえると、《サテュロスの道探し》はデッキを回す上での"潤滑油"と言えるでしょう。
戦闘に関するスペックは最低とも言えるものながら、市川ユウキ選手が明確にキープ基準にする理由の一部だと考えられます。

《サテュロスの道探し》によって準備された《棲み家の防御者》と《黄金牙、タシグル》は、より直接的にハンドを補充する能力です。
特に《棲み家の防御者》は計5マナを支払って"墓地から好きなカードを引く"とも言える能力です。
積極的に沢山のカードを墓地に落とすことで《棲み家の防御者》というカードそのものの質を上げることにつながります。
対比的には、戦闘に関するスペックは"悪くない"ぐらいのものだと思います。

《黄金牙、タシグル》のサーチ能力は先に挙げた2つに較べると緩慢で不確定です。
自身の探査能力によって最初のコントロールこそ効くものの、常に"見えない2枚"が墓地に落とされることで、不確定の要素が取り除かれることはありません。

また起動コストも踏み倒せない4マナ。第8ターン以降を想定しない場合、同じターンに2回起動できないので、急速に手札が増えるということもありません。
この3つのカードのうち、伝説であることを踏まえても、《黄金牙、タシグル》が最も採用枚数が控えめな理由でもありそうです。
人によっては"弱い"と断言しているのも、このあたりの緩慢性が指摘されてのことですね。

ただ、第12ターンを迎えるような非常に遅いゲーム・スピードの展開や、逆に《棲み家の防御者》の変異能力がスムーズに行えないハイスピードのゲームでは評価が変わります。
遅いゲームでは複数回起動できる能力が。早いゲームでは探査から早急に登場して4/5という《かき立てる炎》に負けない高い戦闘スペックが、噛み合います。


ドロー・カード枠の《アブザンの魔除け》は3つのモードを持つことでハッキリ3種類の仕事が出来るカードです。



特に、白のモード「パワーが3以上のクリーチャー1体を対象とし、それを追放する。」は非常に強い除去なので、ドローとして使われないこともかなり多いです。

緑のモード「クリーチャーを1体か2体対象とする。それらに2個の+1/+1カウンターを好きなように割り振って置く。」も強いですね(上海での市川選手はこのモードで勝利されていた印象が強いです)。

《棲み家の防御者》は勿論、《包囲サイ》といった同サイズのクリーチャー戦にも有用なことから、同じほどハンドを消費する同系戦でもモードの選択は難しそうですね。
また非常に強力ながら、マナシンボルが重い(色の拘束が厳しい)ので、ここでも《サテュロスの道探し》による安定が求められています。



『全体で見た構成枚数』

こうしてみると、デッキの回りを助けるサーチカード・ドローサポートともに《サテュロスの道探し》を基軸にしているのが分かります。
デッキにカードを1枚入れた場合と2枚入れた場合の引く確率の差が、より顕著になるということも分かりました。

アンタップイン土地8枚を含む土地が24枚なのも、第5ターンまではしっかりと土地を引きたいという目線からも適正な枚数だと思います。
サーチを助ける占術土地の7という枚数も、少なくとも減らすことは無いと思います。


少数枚のスペルのうち唯一攻めるカードである《太陽の勇者、エルズペス》が、同型デッキでの平均的な枚数である2枚から3枚になっているのも、勝てるカードを引ける確率を上昇させているという視線で、このリストの強みです。


こうして考えていくと、市川選手の「61枚目(余分なカード)はなかった。」という発言の意図が少し分かったかもしれません。
"理想の60枚に辿りつく過程のデッキ"ではなく、この形の時点で"完成された61枚のデッキ"だということです。

ツールボックス(サーチする1枚挿しが多い・シルバーバレットとも)デッキでは、全体のドローの確率よりも、そのカードがデッキに入っていること自体の方が強みであることが多くあります。
※《召喚の調べ》デッキでは《再利用の賢者》の有無がメイン戦の相性そのものにも影響する場合もあります。

"ライブラリーから探す"という性質を持たない今回のサーチ・カードに対応させる為に、サーチ先の1枚挿しを2枚にした。
という目線から考えると、大切なのは60枚に納めることではなさそうです。


『61-1=60 ○?×?』

それでも他に情報がなく、この61枚から1枚を減らしなさい。と、筆者が面と向かってカードを渡されたなら、考えた後、挙げるカードがあります。

《死霧の猛禽》です。


このデッキは第8ターンあたりをエンド・ターン(勝ち負けを決める大きな山場)にするロング・ゲームだと考えていると書きました。
なので、第3ターンから第5ターンごろの中盤に真価を発揮する《死霧の猛禽》は1枚だけ引いて、《棲み家の防御者》で使いまわすプランが強いと思っています。
他に重量級のカードが多いのでダブル・アクションしにくく、攻める上で圧倒的なクロックを誇るわけではないのも対比して若干ですが評価を落としました。

ですが、あくまで他と比べて、若干です。
"《死霧の猛禽》は強いから4枚!"と言われたら、そうですよね。強いですよね。と言ってしまうくらいの差です。

筆者ではなく、皆さんがこの"61枚のリスト"を見て、"市川ユウキのGP上海調整録"を読まれて、どう思ったのか、どう考えたのかを知りたく、今回筆を取りました。

Damage 4 Wins!の第2.5回(PT優勝の赤単リスト)の時もそうなのですが、どうしてこのリストになったのかを勝手にわちゃわちゃと考えて書くの、好きです。
皆さんともっともっと"強いリスト"・"61枚のリスト"の話、したいです。
今回は"初手にないカードを引くための61枚"の話を書きましたが、"理想の初手のための63枚"の話も、どこかでしたいです。
どのような形でも構いませんので、感想など送っていただけたら、嬉しいです。
(編:このゑ@ハリー:文章置き場  森安氏のブログです、ご意見はこちらにコメントしていただいてもOKとのこと。)

それでは最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
グランプリ・千葉、久しぶりのプレイヤー参加でとても楽しかったです。森安でした。